宗教に依存する人々の心理的背景
もともと家族関係、周辺では解消しない不安を持っている人たちがターゲットになります。
人は、愛が得られなければ、破壊的傾向を学び、自らが、この破壊的エネルギーの
犠牲になる要素を持っています。
①本音が言えない。②見捨てられ不安が強い。③孤独でさびしい。
④自分を大切に出来ない。
不安な人は自己評価が低く、自分に対する自信を持ってません。
不安感は、各種の心理セミナーや神秘性を
売りにしたスピチュアルなどに興味を持つ傾向があります。
そして、何かに依存して迎合しようとします。
迎合する人は自分で何かを決めることに対してすごく不安を持っているという特徴があります。
迎合することで一時的な不安は安らぐが問題は解決しません。
迎合することで人生のコントロール能力を失います。
迎合すればするほど自分を悪いと感じ相手の不当な要求に答えます。
(質の悪い宗教は、前世悪いことをしたと脅します)
信者は、相手(教団)に合わせるだけで相手との交渉はしない、できません。
人生態度は「他者肯定、自己否定」潜在的には「自己肯定、他者否定」
(これが事件を起こす)
従順な人は見えない鎖で繋がれている
「心の奴隷」です。
従順になることで相手は強くなりますが、
相手に敵意を持ちながら拒絶されるとすごく不安になり、いつも怯えています。
人は不安を避けるため死んでも不幸を手放さない。(慣れ親しんだことだから)
「命がけで不幸に執着する」(人生相談60年の学者の体験)
信者は競って教祖に服従する、理由は不安が消えないから、
不安が強いと自分の感情を見失う。
結果、宗教集団から抜け出せない。
抜け出すと自分のコントロールを失い、
自分に自信のない人は無駄な努力に甘んます。
潜在的には「自己否定」を証明したい、そういう人生脚本を待っていて、
自分をほめたり励ましたりするより否定的な選択に落ちいりやすい。
そして無理をして頑張る。
例、政治家の選挙運動や、宗教の布教活動を非常によく頑張ります。
オームは、すごく頑張ると石原慎太郎が言っていました。