自己受容と不登校、引きこもり

自己受容により自分の良いこと、悪いことを自分で全て受け入れると自己肯定感が増すと言う説を売り物にしている「不登校対策のサイト」がありますが..

(強いこと弱いことを自覚すると悪いことがあっても客観的に自分を見れて前向きになれるという考え方)

実際は、そんな簡単なことでは、ありません。

 

まず、他人と比較して、自分の悪い事は知りたくない、認めたくないと言う気持ちが潜在的にあります、

自己受容(受け身)の前に自己認識(前向き)、研究論文を見ても自己受容は、簡単ではありません。

 

まず、親ができないのに、子供ができるはずがありません。

親自体自分がわかっていません。

自然任せではできません。

親自身、子供の実態把握(性格、運勢)が先決です。

 

成長とともに関心の領域は増えて単純に

「強み弱み」の自覚とはいきません。

親としては子供が何を考えているかを知りたいが、子供は話してくれません。

原因は、日頃のコンタクトができていないから、コンタクトとは、なんでも話す気軽な

雑談ができる関係か、否かです。

雑談はしますという程度では不可です。

 

子供が親からの無条件の愛を注がれていると実感できると、子どもは正しい自己受容を

育て、やがては自己肯定感の向上にもつながっていきます。

過去に他人から受容された経験があると、自然と自己受容の感覚が育まれる。

(反抗的、反社会的なタイプは社会から保護される)

子供にとって、どう育てられたかが、自己受容、自己肯定感ができるか否かに関わってきます。

ただし、放任することではなく、対話により自立化(生活管理)へのステップは踏んでいかなければいけません。

 

まずは、子供の現状を認める(良い悪いでなく)子供がどういう状態であっても愛情で接する。

親の愛情は大切ですが、果たして親は子供に対して愛情を持って接しているでしょうか?

その前に我が子の成長に対して基本的に関心を持っていますか?

 

無条件の愛情や放任ではなく自立性を促す条件付きの愛情。

その対応方法は、勉強しないとできません。

子供の自立化と同時に親の自立化が必要です。

親自体が子供にかまってばかりで目標を持って生き生きしていない限り子供の自立はできません。

(「タフラブという快刀」参照)